TTT『戸惑いの惑星』 運命は、自分の選択によってつくられている

まだまだ続いてた、TTT『戸惑いの惑星』レポ。これにて完!! 

長谷川≒彼女説の考察 

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ラストの解釈と俳優陣について

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グッズの話

散々、前の記事でどれをいくつ買おうか悩んでたので、ここに記録として記載します。

シンプルライフに複数買いは「アリ」か「ナシ」か

 

結局、坂本くんのメモ帳を2つ、長野くんの鏡を1つ、イノッチのマグカップを2つ買いました。買う瞬間は満足してましたが、正直買い過ぎたと反省しました。次へのステップにします。

 

坂本くんのメモ帳とイノッチのマグカップは、既に使用してます。イノちゃんマンのマグカップは、パソコンやる時のお供です。ゆるかわでテンション上がります⤴⤴

しばらくしてから気付いたのですが、坂本くんのメモ帳、ペンキを塗ってる三池がいましたね。こんな笑顔だけど、夢を諦めた三池なんだな…と感慨深かったです。

  

トニセンの曲

この舞台のために作られたの!?と思うくらい、ストーリーにマッチしてました。と言っても、ミュージカルのように、曲はストーリーの必要条件ではありません。この舞台は、曲を抜いてもストーリーが破綻せず、舞台としてきちんと成立します。

 

不惑は、それぞれの置かれた環境に、不満がある訳じゃないけど満たされてる訳でもない3人の、焦燥感がメロディーを通して伝わってきました。2番Aメロの坂本くんは、ちょっとやさぐれた感じに歌ってて、これまたサイコーです。

1番Aメロのイノッチのソロや、1番2番のサビ・大サビなんかは、これからのストーリーを予言しているようでした。ずーっと自分を追い求めてる感じが、人格喪失症や集団無意識とリンクしてるような気がするんだよなー。

 

オタクとしては、坂本くんと長野くんが、シンメの振りをしてて滾りました。あと長野くんの、腕?肘?をクイックイッて前に押し出す振り。めちゃめちゃかっこよかった。

大サビ前の3人のハーモニー、美しかったなぁ。

 

あんなに悲しい『 オレじゃなきゃ、キミでなきゃ』は、初めて聞いた…。由利と長谷川の立場と心情が、嫌というほどマッチしてる。 

 

『Sing!』は、坂本無双でした。絵に描いたような、幸せな男。幸せなんだけど、浮かれてないというか、浮かれるというにはちょっと重くて、その匙加減がめちゃくちゃ様になってます。「これは運命!」と言っちゃうようなロマンチストな役、本当に似合いますね。多分、坂本くんの本質なんでしょう。(適当)

 

閉鎖した空間の中、3回目にドアを開け、長谷川が出てきた瞬間、鳥肌が立ちました。イノッチが『ちぎれた翼』を歌い始めて、音と歌詞を理解した瞬間、「繋がってる~~~!!!」と、ゾクゾクしながら興奮しました。

得体のしれない恐ろしさを感じつつも、ストーリーと歌詞がリンクしたと分かった時の高揚感で、私の肌はザラザラですよ。得体が知れなくて恐ろしくてゾクゾクしてたのに、一瞬でゾクゾクの意味が変わった。あれは堪らなかった。

 

まぁそれでも、すぐにイノッチセンター・坂本長野シンメの踊りが目に飛び込んできて、イノッチ!!イノッチ!!!センター!!坂本くんと長野くんシンメ~~~!!!と、血が滾ってしまったのですが。

 

正直、今まであまり『ちぎれた翼』は、私の琴線に触れてかったのですが、人気曲というのも、今更ながら納得しました。

希望から絶望なんて言ってるのに、全然感情がみえない。至ってニュートラルに、壮大な世界観を歌ってる。感情はみえないのに、「意志」だけは強く感じる不思議な曲です。

 

長谷川と彼女の手紙を読んだ後に歌われた『days - tears of the world -』は、悲しみと愛情が溢れてました。

3人が、体の中から吐き出すように「I love you」と歌っててぐっときました。三池・由利・長谷川は、それぞれ意味の違う「I love you」なんですよね…。由利は友愛で、三池と長谷川は、同じ意味で彼女を愛していましたが、三池は相愛の彼女に対し、言い方悪いけど、長谷川は一歩通行なんですよね。うーん複雑…。

 

カーテンコールのDahliaは、一部歌詞を変えてました。「Thank You My Girl」「Thank You My Friend(s)」と歌ってました。この歌詞で、私は大団円ハッピーエンドを確信しました。

だって「それでも君がいるよ いつでも君がいる」「Thank You My Friend(s)」ですよ。自然と、長谷川くん元気になってよかった!という感想を持ちましたよ。

3人共微笑んでたのが印象的です。あと、楽器の音が分かりやすく明るくなってて、ハッピーエンドとおm(省略)

 

新曲の『Change Your Distiny』は、彼女が作った曲という設定。最初と最後2回歌いました。

曲名の通り、「未来を変えよう」と歌う曲ですが、物語の最初に聞くのと終盤に聞くのでは、印象が違いました。

最初に歌った時は、何もかも過ぎ去ってしまった寂しさと、未来への漠然とした不安を感じましたが、ラストに歌った時は、確かに希望を感じました。魔法がかかって未来が変わった!みたいな一瞬の変化ではなく、意志を持って踏み出した一歩と、進み続けていたら、いつの間にか未来は変わってた、というような印象に変わりました。一瞬一瞬を意志を持って歩く堅実な歌詞と、壮大で不思議なメロディーがマッチしてて、この舞台にピッタリだと思います。

 

歌詞は堅実だけど、ストーリーでは宇宙の外側に行ってるので、「地に足付けたファンタジー曲」と解釈しました。あくまで私はですが。

すごく好きな曲なので、ぜひ音源化して頂きたいです。もちろん円盤化もして欲しい!

 

運命とは何なのか

うん‐めい【運命】 の意味

人間の意志を超越して人に幸、不幸を与える力。また、その力によってめぐってくる幸、不幸のめぐりあわせ。運。(goo辞書より引用)

 

この舞台のテーマではないでしょうか。TTT『戸惑いの惑星』を見て、一番胸に響いたことは舞台のストーリーではなく、長谷川くん彼女説でもなく、運命についてでした。

 

冒頭のトニセンの対話にて、坂本くんが運命について語ってました。

「決められた運命が嫌い。運命に抗ってやろうと思って、別の道を行っても、それすら運命が決めてたらどうする?運命にレールを引かれた人生はイヤだ。」(要約)

ざっくりと、こんな感じのことを話してたはず。

 

三池は、ジャズバーで彼女に一目惚れし、結ばれたことを「運命」、そして彼女が去ったことを「運命に引き裂かれた」と言ってます。まさに、運命に振り回されていると言っていいでしょう。

 

「決して交わることのない運命だった私たちが、あの夜再会して、運命を変えられたのです。」

「だから、どうか運命を憎まないでください」

彼女は、三池と結ばれたことを「運命」と表していません。

三池と再会した時に、もう長くないことが分かっています。決して結ばれることがない人生を「運命」と言い、三池と結ばれたことを「運命を変えられた」と表しています。

 

三池と彼女との出会いは、三池は運命に翻弄される一方、彼女は運命から抜け出せたように感じました。彼女は、もう長くはない病気にかかっているのにも関わらず。

 

この後三池は、彼女の手紙を読んで、運命の解釈が変わってます。

三池が長谷川の似顔絵を描いてる時、こう言ってました。

由利「お前その絵は…」

三池「黙れ。言葉にすれば、この絵は自由を失う」

 

このセリフで、運命に翻弄されてた三池は、自由になれたと思いました。

絵と同じように、三池が「運命」と言ってたことは、ただの「事実」であって、あえて意味付けすることは、自由ではなくなる。

 

正直、運命なんてものはなくて、ただ人間があった出来事を運命と表したいだけなのかなぁと思いました。結ばれたことも、別れたことも、ただの「事実」であって、それを「運命」と意味付けしたいと思うのは、人間のエゴなのかぁ。「運命」って言っておけば、ドラマチックで壮大な大きいものに感じられるし。

 

この舞台もそうですよね。脚本家の方が、「これはこういう意味です」といったら、それが正解で、他の感想や考察は、乱暴な言い方をすると間違いになってしまいます。

脚本なので、脚本家や演者の解釈は必ずあります。でも、観客がどういう解釈をしようが、人生で起こった出来事をどう意味付けしようが、自由であると断言できます。

  

研究室で、由利と教授の会話。

「これは、悲劇ですか。それとも喜劇ですか」

ただ、その事実だけを見ると悲劇かもしれないけど、人生のように長い目で見たら、悲劇だと思っていたことが、実は喜劇だった、なんてことはよくある話です。

 

私たちが喜んで幸せだと思ったり、悲しくて人生を嘆いても、それは一時の感情です。幸せが良い、悲しいから悪いという決めつけも一時の決めつけなのかもしれません。でも人生といういう名の長い目で見ると、幸せも嘆きもひっくり返っているかもしれません。

 

運命と意味付けるのは自分です。自分の考え方、自分の意味付け、自分の行動によって、人生がつくられます。だから、運命は自分の選択によってつくられているんだ、というメッセージのような気がしました。

  

誰しも長谷川になり得る

蛇足ですが、『戸惑いの惑星』と全く関係ないことを調べてきたら、由利が引用していたカール・グスタフユングの名言で、こんな言葉がありました。

 

「内面で向き合わなかった問題は、いずれ運命として向き合うことになる。」

 

はせっちじゃん~~~~!!!(頭を抱える)

長谷川くんは、高校生の時彼女へのラブレターを書いたが渡せず、後悔していました。後悔ということは、彼女への思慕であったり、彼女のことを長年好きな自分だったり、告白できなかった事実やそれに基づく感情を、消化しきれていなかったのではないだろうか。

 

「あの時、手紙を渡していれば…」「あの時思いを伝えれば…」と後悔が先立ち、彼女に向き合うこと、彼女のことが好きな自分に、正面からちゃんと向き合ってこなかったのであないでしょうか。

正直、彼女に関することを、高校時代の思い出の1ページにするには、重すぎる。十数年経っても、未だに好きで、再会した後も結局思いを伝えることはできなかった。

 

前述した運命の意味に当てはめると、「長谷川の意思を超越して、長谷川に幸、不幸を与える力。また、その力によってめぐってくる、彼女に関する幸、不幸が運命」と言えます。

小さな問題を放置していたら、いつのまにか大事になって、自分ひとりじゃどうしようもならなくなった感じ。自分でなんとかできなくて、人を巻き込む。まさに『戸惑いの舞台』そのものじゃないか。

 

もしかしたら、長谷川くんが自分を見失ってしまったのは、もう傷つくのも喪失感も感じたくなかったからなのかもしれないなぁ…。

傷つきたくない=傷つくことから逃げたい=向き合いたくない

で、彼女に関することに正面から向き合えず、めぐりめぐって運命となった。

 

長谷川くんは、彼女のことがずっと好きで、幸せだったのかな?彼女のことを思って、傷ついたり、苦しかったりすることの方が多かったんじゃないかなぁ。まぁ憶測ですが。

 

友人が『戸惑いの惑星』のことを、「誰しも長谷川幸彦になり得る話」と言ってて、なるほどな~と思いました。トニセンが最近戸惑った話から、「俺もイノッチだよ」「俺だってイノッチだ」というのも、「坂本くんも長野くんも、はたまた観客のみなさんも、イノッチになり得ますよ~」と表しているのかも。

 

または、自分と向き合うことから逃げていると、より大きな問題になりますよ、とも言えるかもしれません。

 

ちなみにこの名言、ドイツ語→英訳→日本語の順に翻訳されているので、実際のニュアンスとは違う可能性があります。検索してもドイツ語は見つからず、英訳でも4つあったので…。

 

終わりに

私はすごく好きなストーリーだったので、本当に面白くて、考察も苦労しながらも楽しかったです。舞台を観て、あー面白かった!で終わる舞台もいいけど、こうやって何ヶ月も考察できる舞台は性に合ってる、と新たな発見でした。

ブログに書き起こすのは、超絶遅いけど。

 

正直な話、演技や滑舌で気になったところもありました。だけどそれ以上に、知的好奇心がビンビン刺激されました。面白かったし、楽しかったし、歌は良かったし、「いい舞台だった」と断言できます。

 

またトニセンの舞台を、心より楽しみに待ってます!

 

※追記 2018.2.19

DVDが発売されたので、改めて感想を書きました。

DVDを見て、再度『戸惑いの惑星』に旅立つ